【明治維新150年】幕末維新を訪ねて~ 第1回『吉田松陰と維新』


明治維新150年。
幕末維新を訪ねて 第1回目の本記事では『吉田松陰と維新』ゆかりの地をご紹介します。

幕末維新を訪ねて~ 第1回『吉田松陰と維新』

松下村塾(松陰神社敷地内)


吉田松陰が主宰した私塾。※外観のみ見学自由。

当時、この地が松本村と呼ばれていたことから「松下村塾」という名が付けられました。
松陰は身分や階級にとらわれず塾生を受け入れ、儒学、兵学、史学などをはじめとした広範な学問を教授しました。
書物の解釈に留まることなく、世の中で起きている時事問題を題材にした活発な議論も行われ、
久坂玄瑞(1840~1864年)、高杉晋作(1839~1867年)、伊藤博文(1841~1909年)ら、幕末維新期に活躍し、近代日本の原動力となった数多くの逸材を輩出しました。

名称 松下村塾
住所 山口県萩市椿東1537(松陰神社敷地内)
電話番号 0838-22-4643
地図
アクセス 萩循環まぁーるバス(東回りコース)「松陰神社前」バス停より徒歩1分

松陰神社


吉田松陰を祭神とする神社。

1890年(明治23年)に松陰の実家である杉家の人々の手で私祠(しし)として建てられたものが始まり。現在の社殿は1955年(昭和30年)に完成したものです。
御神体は、松陰の遺言により、終生愛用した赤間硯と父兄宛に書いた文書が納められています。
近代日本の原動力となった数多くの逸材を輩出した松下村塾、松陰の遺墨や遺品類などを展示する「至誠館」などがあります。

吉田松陰(1830~1859年)誕生地


松陰先生と金子重之助(重輔 1831~1855年)

萩城下を一望できる「団子岩」と呼ばれる高台にあり、風光明媚なこの場所で吉田松陰は生まれました。
松陰は、吉田家を継いだ後も両親とともにこの場所で暮らしています。
その後1848年(嘉永元年)、一家は現在の松陰神社境内に生活を移しました。
現存する建物はありませんが、大正時代に設置した間取りを示す敷石が残っています。

吉田松陰幽囚の旧宅(松陰神社敷地内)


下田での海外渡航に失敗した吉田松陰は、1854年(安政元年)萩の野山獄に投獄され、翌年には実家である杉家に帰され、謹慎生活を命じられました。この邸内の3畳半の1室に幽囚された松陰は、家族からのすすめもあり、幽囚室で孟子などを講じるようになります。次第に多くの若者が参加するようになり、やがて松下村塾の教育に発展していきました。

吉田松陰の墓及び墓所(吉田松陰誕生地近く)


1860年(万延元年)、吉田松陰没後100日にあたり、
護国山団子岩の吉田家墓地に親戚、高杉晋作、久坂玄瑞ら、在萩の門徒のほとんどが出席して故人の霊を弔い遺髪を埋葬、「松陰二十一回猛士墓」とある墓碑を建立しました。

極楽寺 ※要予約


600年の歴史を持つ浄土真宗本願寺派の寺院で、吉田松陰26歳の時の直筆の書が遺されています。
また、幕末・明治維新期に功労があり、松陰から松下村塾の後事を託された楫取素彦(かとり もとひこ 1829~1912年)の妻であり、吉田松陰の妹である楫取寿(かとり ひさ 1839~1881年)がこの寺へ宛てて送った手紙が遺されています。

名称 極楽寺 ※要予約
住所 山口県長門市三隅下野波瀬3633
電話番号 0837-43-0625
時間 予約時にご確認ください。
定休日 予約時にご確認ください。
地図
アクセス JR三隅駅からバス「野波瀬」下車、徒歩3分
料金(税抜) お問い合わせください。

吉田稔麿(としまろ 1841~1864年)誕生地


自宅近くに住む吉田松陰に師事、松下村塾の四天王と言われます。
脱藩して江戸に赴き尊王攘夷運動に奔走するも、池田屋事件の際に京都の加賀藩邸前で闘死。
誕生地に石碑のみが残っています。

楫取素彦(かとり もとひこ 1829~1912年)旧宅地


江戸遊学中に吉田松陰と親交を結んだ楫取は松陰の妹、寿と結婚。
松陰投獄後は松下村塾で指導にあたりました。

維新後は初代群馬県令として手腕を発揮。妻寿を失い松陰の末妹、文(1843~1921年)と再婚。
この地は、時期は明らかではありませんが、楫取が住まいとした旧宅跡と言われています。

名称 楫取素彦旧宅地
住所 山口県萩市椿東354-1
電話番号 838-25-3139(萩市観光課)
地図
アクセス 萩循環まぁーるバス(東回りコース)「中ノ倉」バス停より徒歩約10分
まとめ

今回明治維新150年のこの機会に訪問し、改めて歴史を振り返る事ができ、
また、近代日本の礎を築いた人達に思いを馳せることができました。感慨深い!

このあと、もう少し萩・長門エリアをご紹介していきたいと思います。
余談ですが、吉田松陰が30歳の若さでこの世を去っていた、って知ってましたか!?
私は、よく見る肖像画から50歳くらいを描いたものだとばかり思ってました。

画像提供:山口県観光連盟

第2回目の記事はこちらから!

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