【明治維新150年】幕末維新を訪ねて~ 第2回『高杉晋作と維新』

幕末維新を訪ねて~ 第2回『高杉晋作と維新』

明治維新150年。
幕末維新を訪ねて 第2回目の本記事では『高杉晋作と維新』ゆかりの地をご紹介します。
第1回『吉田松陰と維新』の記事は下記からご確認ください!

高杉晋作(1839~1867年)誕生地

高杉晋作誕生地

幕末の風雲児高杉晋作の生まれ育った家。
建物は江戸期より縮小されているものの当時の面影をよく残しており、敷地内には、晋作ゆかりの品や東行と号した句碑、産湯の井戸などがあります。
晋作は、この家から藩校明倫館に通う一方、父の目を盗んで松下村塾に通い、吉田松陰の薫陶を受けました。
すぐそばの晋作広場には20歳頃の凛々しい顔をした「高杉晋作立志像」が建てられています。

名称高杉晋作誕生地
住所山口県萩市南古萩町23
電話番号0838-22-3078
時間9:00~17:00
定休日不定休
地図
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交通状況
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高杉晋作誕生地
アクセス(1)萩バスセンターバス停から徒歩で10分(城下町方面に)
(2)JR東萩駅から徒歩で20分
(3)中国自動車道美祢東JCTから車で20分
小郡萩道路絵堂ICから車で20分(JCTと直結の小郡萩道路利用で萩市街地へ)
中央公園駐車場から徒歩で4分(最寄の駐車場利用の場合)
料金(税抜)大人100円

木戸孝允(1833~1877年)旧宅

木戸孝允旧宅維新の三傑と詠われた木戸孝允(桂小五郎)の生家。
生まれてから江戸に出るまでの約20年間を過ごした木造瓦葺の2階建ての家は、木戸誕生の部屋や庭園などよく旧態を残しており、木戸の幼少時代の手習いの書を表装した掛け軸や写真などが展示されています。
建物内にはボランティアガイドが常駐し詳しい説明を聞くこともできます。

名称木戸孝允旧宅
住所山口県萩市呉服町2-37
電話番号0838-25-3131(萩市役所観光課)
時間9:00~17:00
定休日なし
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交通状況
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木戸孝允旧宅
アクセス(1)JR山陰本線東萩駅から徒歩で25分
(2)中国自動車道美祢東JCTから車で20分
小郡萩道路絵堂ICから車で20分(JCTと直結する小郡萩道路利用で萩市街地へ)
中央公園駐車場から徒歩で3分(最寄りの駐車場利用の場合)
料金(税抜)100円

伊藤博文(1841~1909年)旧宅、別邸

伊藤博文旧宅

伊藤博文旧宅

伊藤博文別邸

伊藤博文別邸

17歳で松下村塾に入塾、木戸孝允、高杉晋作、久坂玄端らと交わり、尊呈攘夷の志士として活躍した伊藤博文の旧宅と別邸。
伊藤は、熊毛郡束荷村(光市)に生まれ、9歳のとき萩に移ります。安政元年(1854年)に一家をあげて伊藤家に入家、明治元年(1868年)に兵庫県知事に赴任するまでここを本拠としました。
別邸は、伊藤が明治40年(1907年)に東京で建てたもので、往時の面影をよく残す3棟を移築しています。

名称伊藤博文旧宅・別邸
住所山口県萩市椿東
電話番号0838-25-3139(萩市役所観光課)
時間9:00~17:00
定休日なし
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伊藤博文旧宅・別邸
アクセス(1)JR山陰本線東萩駅から徒歩で12分
(2)中国自動車道美祢東JCTから車で20分
小郡萩道路絵堂ICから車で20分(JCTと直結する小郡萩道路利用で萩市街地へ)
萩市中心部から車で10分
料金(税抜)100円(別邸のみ)※外観のみ自由に見学できます。

萩城跡(指月公園)

萩城跡(指月公園)

慶長9年(1604年)、毛利輝元(1553~1625年)が指月山麓に築城したことから別名指月城とも呼ばれ、山麓の平城と山頂の山城とを合わせた平山城でした。
藩主毛利敬親(1819~1871年)は、文武の師家を場内に集め、ひとりひとりに講義や演舞を行わせた際、吉田松陰の行った「孫子」の名講義ぶりに感嘆し、賞を与えました。現在は石垣と堀の一部が昔の姿を留めています。

名称萩城跡(指月公園)
住所山口県萩市堀内1-1
電話番号0838-25-1750((一社)萩市観光協会)
時間8:00~18:30(4月~10月)
8:30~16:30(11月~2月)
8:30~18:00(3月)
定休日無休
地図
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交通状況
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萩城跡(指月公園)
アクセス(1)JR東萩駅から徒歩で30分
(2)小郡萩道路絵堂ICから車で20分(中国自動車道美祢東JCT経由)
萩市指月第一駐車場から徒歩で4分(普通車51台、大型車2台)
(3)萩城跡・指月公園入口バス停から徒歩で5分(萩循環まぁーるバス西回りコース)
料金(税抜)大人210円(120円) 中学生以下100円(60円) ※( )は30人以上団体

旧萩藩校明倫館【国指定史跡】

萩藩校明倫館

南門【市指定有形文化財】

明倫館は江戸時代中期の享保3年(1718年)藩主毛利吉元(1677~1731年)が城内三の丸に創建、幕末の嘉永2年(1849年)毛利敬親がこの地に移しました。
敷地内には、有備館(剣槍術場)や水練池などの遺構が遺されています。
有備館は、藩士の練武のほか、他国からの修行者の試合場となっており、土佐の坂本龍馬(1836~1867年)もここで試合をしたといわれています。

名称旧萩藩校明倫館
住所山口県萩市江向602
電話番号0838-25-3139(萩市役所観光課)
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萩藩校明倫館
アクセス(1)JR山陰本線東萩駅から徒歩で20分
(2)中国自動車道美祢東JCTから車で20分→ 小郡萩道路絵堂ICから車で20分
(JCTと直結する小郡萩道路利用で萩市街地へ)→ 萩市立明倫小学校内から(萩市中心部)

萩反射炉【国指定史跡】

萩反射炉

鉄製大砲の鋳造に必要な金属溶解炉で、萩藩の軍事力強化の一環として導入が試みられました。
萩藩は安政2年(1855年)反射炉の操業に成功していた佐賀藩へ藩士を派遣し、反射炉のスケッチのみを許されます。
萩反射炉はこのスケッチをもとに設計・築造された試験炉であると考えられます。反射炉が現存するのは韮山(静岡県)と萩の2ヶ所だけで日本の産業技術史上貴重な遺跡です。
2015年7月 世界遺産に登録されました。

名称萩反射炉
住所山口県萩市椿東上ノ原(セブンイレブン萩反射炉前店近く)
電話番号0838-25-3131(萩市役所観光課)
地図
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交通状況
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萩反射炉
アクセス(1)JR山陰本線東萩駅から徒歩で20分
(2)中国自動車道美祢東JCTから車で20分
小郡萩道路絵堂ICから車で20分(JCTと直結する小郡萩道路利用で萩市街地へ)
R191号線を益田方面に走ってから車で10分

久坂玄瑞(1840~1864年)誕生地

久坂玄瑞誕生地

高杉晋作と共に松下村塾の双璧といわれ、長州藩尊王攘夷派を指導した久坂は、松陰の妹、文(1843~1921年)と結婚しました。
禁門の変で敗れ、寺島忠三郎(1843~1864年)と共に鷹司邸において自刃。生家は現存してはいませんが、跡地には誕生地を示す石碑が立っています。

名称久坂玄瑞誕生地
住所山口県萩市平安古町
電話番号0838-25-3139(萩市役所観光課)
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久坂玄瑞誕生地
アクセス(1)玉江駅から徒歩で20分
(2)中国自動車道美祢東JCTから車で20分
小郡萩道路絵堂ICから車で20分(JCTと直結する小郡萩道路利用で萩市街地へ)

入江九一(1837~1864年)野村靖(1842~1909年)誕生地

入江九一・野村靖誕生地

松下村塾四天王の1人入江九一は、高杉晋作を助け奇兵隊の結成に尽力しました。禁門の変で戦死。
兄である入江と同じく松下村塾で学んだ野村靖は、幕長戦争では芸州口に出陣、維新後は岩倉使節団の欧米視察に随行し、晩年は松陰思想普及に努めました。兄弟の誕生地には石碑が残っています。

名称入江九一・野村靖誕生地
住所山口県萩市土原
電話番号0838-25-3139(萩市役所観光課)
地図
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交通状況
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入江九一・野村靖誕生地
アクセス(1)絵堂ICから車で20分(中国自動車道美祢東JCT小郡萩道路経由で絵堂ICへ)
(2)JR東萩駅からタクシーで10分
まとめ

今回は、萩・長門エリアの第2弾をご紹介させていただきました。
高杉晋作は、吉田松陰より若い27歳という若さで大政奉還を見ずして、病により亡くなっています。
無念ではあったでしょうが、青春を一生懸命駆け抜けた生涯だったのでしょうね!
とても適いません。

画像提供:山口県観光連盟

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